宮沢賢治記念館の「大銀河系図」ドームについて(ページ3)  その他の話題へ戻る  
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4 ドーム内の星々について

 図11に、「大銀河系図」ドームの星空を示す。
図の円周にあたる所は、高度−14°であり、図は全天の3分の2を表している。また銀河系は、観測者をとり囲むように1周がえがかれている。なお、「大銀河系図」の実物は、5等屋まで、星数約1200がえがかれているが、図11は、3等星まで、星数約180とした。

 宮沢賢治の作品と、ドーム内にえがかれた星々の関連の一例を示すにあたり、種々の文献からの引用をお許し願いたい。「大銀河系図」ドームに入ると、まず南東の空低い所に「さそり座」が、その毒針を銀河系にひっかけるように、垂直に立ち上がってえがかれている。賢治はこの「さそり座」、特にその赤い主星「アンタレス」に特別の感情をいだいていた。「銀河鉄道の夜」における、「さそり座」の登場場面を次にあげる。
 川の向う岸がにわかに赤くなりました。やなぎの木や何かもまつ黒にすかし出され、見えない天の川の波もときどきちらちら針のやうに赤く光りました。まったく向う岸の野原に大きなまつ赤な火が燃され、その黒いけむりは高く桔梗いろのつめたさうな天をも焦がしさうでした。ルビーよりも赤くすきとほり、リチウムよりも、うつくしく酔ったやうになってその火は燃えてゐるのでした。「あれは何の火だらう。あんな赤く光る火は何を燃せばできるんだらう。」ジョバンニが云ひました。「さそりの火だな。」カムパネルラが又地図と首つ引きして答へました。……
 宮沢賢治がこの赤い星にいだいた想念は、「燃身」のテーマ、つまり、全ての生存は他者の燃身によって支えられる、というようなものだと言われている。「さそり座」とその主星「アンタレス」は、賢治の他の作品にも数多く登場し、必ず「赤目のさそり」と書かれている。

 次に、南方に目を転じると、地平線のあたり、「南十字座」の懐には「石炭袋」と呼ばれる暗黒星雲が、ひときわ黒くえがかれている。「南十字座」は、銀河鉄道の終点であり、「石炭袋」は、「死の空間」としてえがかれている。
 「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ。」カムパネルラが、少しそつちを避けるやうにしながら天の川のひととこを指さしました。ジョバンニはそつちを見て、まるでぎくっとしてしまひました。天の川の一ととこに大きなまつくらな孔が、どほんとあいてゐるのです。その底がどれほど探いか、その奥に何があるか、いくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えず、ただ眼がしんしんと痛むのでした。ジョバンニが云ひました。「僕、もうあんな大きな闇の中だってこはくない、きっとみんなのほんたうのさいはひをさがしに行く、どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行かう。」
 「ああきつと行くよ。」……
 賢治がこの作品を書いた当時、宇宙雲(暗黒星雲)の理論は、天文学上確立されておらず、銀河の途中の明るさのまだらや、この「石炭袋」のような星の見えない空間は、きわめて謎であったと思われる。従って、賢治はこの「石炭袋」と「南十字座」の組み合わせを、「銀河鉄道」の終点、すなわち「死の空間」としたのであろう。

 続いて、北東に目を転じると、「はくちょう座」がある。順序が前後するが、「はくちょう座」は、「銀河鉄道」の始点である。「南十字座」が終点であるのに対して、「北十字」とも呼ばれるはくちょう座が始点となるのである。そして、「はくちょう」の口ばしにあたる所には、「橙と青の色の対比は、地上の宝石にもおとらない、最美の二重星」と言われる「アルビレオ」がある。アルビレオは、「銀河鉄道の夜」にも、銀河の水の速さを測る「アルビレオ観測所」として登場する。二つの星が、くるくるまわって水の速さを測るという設定である。

 続いて、北天の「カシオペア座」は、例えば、短編童話の「水仙月の四日」に、「アンドロメダ星雲」とセットで登場する。「アンドロメダ星雲」は、図10では、カシオペア座の外側にあたり、残念ながら「大銀河系図」にはえがかれていない。
 「カシオピイヤ、もう水仙が咲き出すぞ、おまへのガラスの水車、きっきとまはせ。」……
 「アンドロメダ、あざみの花がもう咲くぞ、おまへのラムプのアルコホル、しゆうしゆ噴かせ。」……

 「……ぼくね、どうしてもわからない。あいつはカシオピイヤの三つ星だらう。みんな青い火なんだらう。それなのにどうして火がよく燃えれば、雪をよこすんだらう。」
 「それはね、電気菓子とおなじだよ。そら、ぐるぐるぐるまはつてゐるだらう。ザラメがみんな、ふはふはのお菓子になるねえ、だから火がよく燃えればいいんだよ。」……
 カシオペア座の日周運動を、わた菓子をつくる機械の回転にたとえ、雪をわた菓子にたとえたのである。

 このように、星座をひとつひとつ見ていくときりが無いが、賢治は他にも数多くの星座や星々を作品に登場させた。しかも、その星座や星々の運動、位置関係なども、作品理解に欠かせない要素になっている。
 作品の例の最後として、次々に星座が登場する「星めぐりの歌」をあげる。歌詞は、童話「双子の星」の中に登場するが、賢治はまた、作曲も行なっている。
「星めぐりの歌」楽譜
「星めぐりの歌」(文献4より)
 

 あかいめだまの さそり   ひろげた鷲の  つばさ
 あをいめだまの 小いぬ   ひかりのへびの とぐろ
 オリオンは高く うたひ   つゆとしもとを おとす
 アンドロメダの くもは   さかなのくちの かたち
 大ぐまのあしを きたに   五つのばした  ところ
 小熊のひたひの うへは   そらのめぐりの めあて

 「アンドロメダのくも」は、いわゆるアンドロメダ星雲(M31)のことをさすが、また一方、「さかなのくちのかたち」は、童話「シグナルとシグナレス」の中では、こと座の環状星雲(M57)のことを示している。「あの一番下の脚もとに小さな環が見えるでせう、環状星雲ですよ。…」というふうに。
また、「大ぐま」と「小熊」から「そらのめぐりのめあて」(北極星)にたどりつく箇所は通常の星座絵と異なっている。
 この「星めぐりの歌」の中の「さそり座」、「こいぬ座」、「へび座(頭部)、(尾部)」、「オリオン座」、「おおぐま座」、「こぐま座」、そして北極星が、「大銀河系図」におさまっている。


図11
図11 「大銀河系図」ドーム内部
 中心が天頂となり、円周が半円ドームの下縁、観測者からは、高度−14゜となる。「大銀河系図」は5等星まで、星数約1200がえがかれており、また、「星図」として、経緯線、黄道、天の赤道もえがかれている。図11は、3等星まで、星数約180とした。斜線部は銀河系の濃い部分を表す。




5 おわりに

 数多くの賢治の作品を読むと、「大銀河系図」が、賢治の作品に登場する星々をもっともよく表した星空になっていることがわかる。それとともに、この星空を決定するにあたり、斎藤氏の苦悩がうかがわれる。これは推測であるが、例えば、図10の「さそり座」の外側にあたる所にある「いて座」や、あるいは、「はくちょう座」や「こと座」の外側にある「わし座」を入れたかったと思う。しかし、そうすると「オリオン座」が、図からはみ出してしまう。同様に、「おうし座」の外側にある「すばる」(プレアデス星団、M45)や、あるいは、「カシオペア座」の外側にある「アンドロメダ座」を入れたかったと思う。しかし、そうすると「さそり座」や「南十字座」が、図からはみ出してしまう。このようにして、ドームの星空は決定されたのだと思う。
 以上にように、普段、実際の星空を眺める機会の少い人々にとって、宮沢賢治の作品と、「大銀河系図」を照らしあわせて見ることが、まさに記念館備付の説明文「宮沢賢治作品の理解に役立つ」のである。
 最後になりましたが、拙文を書くにあたり、資料提供と種々のアドバイスをいただいた斎藤文一先生に感謝申し上げます。




参考文献
 1) 斎藤文一、藤井旭、『宮沢賢治 星の図誌』、平凡社(1988)
 2) 斎藤文一、宮沢賢治と「大銀河系図」、宮沢賢治記念館報告1983
 3) 中野繁編、『新標準星図』、地人書館(1975)
 4) 宮沢賢治、『昭和文学全集14 宮沢賢治集』、角川書店(1953)




 以上は、平成6年に書いたものに若干の手直しを加えたものです。(宮田)
 


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