宮沢賢治記念館の「大銀河系図」ドームについて

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1 はじめに
 岩手県花巻市の郊外に、宮沢賢治記念館がある。(図1) 同館は、1982年9月にオープンしたもので、展示は、宮沢賢治をめぐるその環境・信仰・科学・芸術・農村・総合・資料展示の7部門からなり、写真パネルやビデオ・スライドなどで視覚的に賢治の世界に親しむことができるものである。その展示室の中央に、「大銀河系図」と名づけられた直径6mのドームが設置されている。ドームの内部には、5等星までの恒星と、精密な濃淡つき銀河系(天の川)、星雲・星団などがえがかれており、記念館備付の説明文には次のようにある。
 「これは宮沢賢治作品の理解に役立つように、全銀河系が1200個の恒星と多数の星雲・星団といっしょに、最新の資料によって構成された、独創的な銀河アトラス(図)である。直径6メートルのドームは、天球・星座の学習研究に好適であるばかりでなく、蛍光を発する銀河系とその星光さん然たる一大空間は、今日の「銀河曼陀羅」と呼ぶにふさわしいものと言えよう。」

 さて、この「大銀河系図」ドームは、以下の本文で詳しく述べるように、見かけ以上に実に多くの工夫がされており、また先例がない特殊な構造をしている。設計されたのは斎藤文一氏(新潟大学名誉教授、宮沢賢治イーハトープ館前館長)であり、私も製作原図作成のための計算と、原図作成に携わった。本文では、まず、斎藤氏設計のこのドームがどのような特徴を持つのかについて述べ、次に原図作成のための計算について述べ、最後に、ドーム内にえがかれた星々について述べる。
宮澤賢治記念館
図1 宮澤賢治記念館
 




2 「大銀河系図」ドームの構造上の特徴
 この「大銀河系図」は大きくわけて、次の2つの特徴をもつ。第1番目に、ドームは直径6メートルの半球形であるが、観測者の視点をドーム中心より0.8メートル上方に、ドーム内に入りこむように設計されていること。(図2) これにより、いわゆる地平線以下 14゜までの星空をえがくことが可能になった。第2番目に、プラネタリウムと異なり、静止した図(アトラス)としたこと。これにより、恒星の表現は光ファイバーを用いた発光式とでき、銀河の表現も精密なものにできた。
 以下に、この2つの特徴について詳しく述べる。

〈1)観測者の視点を半球内に入りこませたこと
 賢治の作品「銀河鉄道の夜」の第1章「午後の授業」の中に、登場人物の1人である先生が、銀河系の説明をする箇所がある。
 先生は中にたくさん光る砂のつぶの入つた大きな両面の凸レンズを指しました。「天の川の形はちやうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じやうにじぶんで光つてゐる星だと考へます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあつて地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立つてこのレンズの中を見まはすとしてごらんなさい。こつちの方はレンズが薄いのでわづかの光る粒即ち星しか見えないのでせう。こつらやこつちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見え、その遠いのはぼうつと白く見えるといふ、これがつまり今日の銀河の説なのです。……」
 今日では、銀河系は3本の腕を持ち、回転していること、銀河系の大きさは直径10万光年で、私たちの太陽系は銀河系中心から3万光年の位置にあること、そして地球から見た銀河系の中心は、いて座の方向にあたること、その他さまぎまな詳しいことがわかってはいるが、賢治のこの作品中の説明は、銀河の見え方についてきわめて明解で適確なものと言える。ともかく、このような理由により、私たちの見る銀河は天球上をぐるりと 360゜とりまくことになる。そのため、地上から銀河を一望のもとに見わたすことは不可能なのである。

 宮沢賢治記念館の「大銀河系図」ドームに入ると、そこからドームの中央部に向かって、ゆるやかな坂をのぼる。そして中央部に達すると、観測者の視点はドームの中に入り込み、半球形ドームの下縁は地平線以下約 14゜になる。このようにして、地上では体験できない、地平線以下の星空まで見える状態になる。つまり一望のもとに銀河系を見わたすことが可能となるのである。
 銀河は、南西の方をわずかに(4゜)もち上げた形で、観測者をぐるりととり囲むようにえがかれている。ドーム内の、全天球の3分の2にもあたる星空を見わたした様子は、まるで地表から離れ、宇宙に飛び出したような感覚さえ与える。

 ここで、観測者の視点がドーム内に入り込み、天井がわずかに低くなることに不自然はないのかについて述べる。人間が空を見わたしたとき、いわゆる空までの距離について、水平方向より天頂方向が近く感じられることはよく知られている。地平線近くにある月が、天頂近くにある月より、はるかに大きく感じられるのは有名な話である。つまり、本来同じ大きさであるのに、地平線近くにあるときはより遠方にあるものとして見るから、大きく感じられるということである。人間がそう感じる理由については、いくつかの説がある。例えば、水平方向には、はるか遠方の山々や地平線などが見え、天頂方向には、まわりに物体がないので、日常目にする少し遠いくらいの距離に感じるという説。また別には、人間は首を 90゜上にまげて見ると近く見える、その証拠には地面に寝そべって、首を 90゜上にまげて地平線近くの月を見ると、決して大きくは見えないという説などがある。いずれにしても、ドームの天井が、わずかに低くなることについてはまったく不自然に感じない、むしろプラネタリウムなどに比べ、きわめて自然に感じられるのである。


ドーム断面図
図2 点Oがドームの中心、
点Pが観測者の視点
大銀河系図
図3 「大銀河系図」(部分)
(宮澤賢治記念館パンフレットより)

(2)静止図(アトラス)としたこと

 空気の澄んだ所で星空をながめると、その輝きは、1等星はもちろん、2等星、3等星であっても目につきささるほどのすばらしいものである。プラネタリウムの満天の星々も、すばらしいながめではあるが、半球形スクリーンに星像をうつし出すその機構上、「自ら輝く」美しさに欠けることは否めない。一方「大銀河系図」は固定式のため、直径の異なる光ファイバーを用い、恒星1つ1つを光らせることが可能となった。「自ら輝いている」美しい星空である。

 さらに、銀河系の表現についても投影式のプラネタリウムでは到底表現できない、精密な濃淡つきの表現が可能となった。(図3) 実際、空の暗い所で見る銀河系は、きわめて濃淡に富むのである。(図4) このドームでは銀河系の濃淡の詳細図として、最近の資料「SKY ATLAS 2000.0 by W.Tirion,Sky Publishing Corporation,1981」を用いており、「写真のように」とまではいかないものの、かなり「感動的に」美しく、しかも科学的批判にも充分耐え得る出来となっている。
 以上についてまとめたものを、下の表1に示す。


 
図4 いて座の銀河 (50mm標準レンズ、福島県浄土平にて)
 銀河系の中心方向にあたり、星雲・星団も多く存在する。全天の銀河の中で一番濃く、にぎやかなところである。
 右下+印が銀河系中心方向。右下隅は、山影である。
いて座の銀河
解説図

 



 

表1 大銀河系図とプラネタリウムの比較(文献2より)
  プラネタリウム 大銀河系図
星空 動的 映像 静的 地図(アトラス)
ドーム 半球(回転、1/2天球)
地平線まで
半球(固定、2/3天球)
地平線以下 14゜まで
銀河 ほぼ1/2 ほぼ全体
恒星 投影像、0.1等とび※
(6.75等まで、全天6900個)
光点、1等とび
(5等まで、全図1200個)

※3.9等まで。それ以下は0.3〜0.5等とび、大型プラネタリウムの場合


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