人魚伝説

 むかし、とおくに佐渡ヶ島が見える雁子浜という小さな村(今は大潟町)に、明神さまのおやしろがあった。夜になると、漁師たちのあげるたくさんのろうそくの火が、あら海をこえて、佐渡ヶ島からも見えたそうな。この雁子浜に、ひとりの若者が、母親とふたりでくらしておった。


 あるとき若者は、用があって佐渡ヶ島に渡り、ひとりの美しいむすめと知りあった。むすめは、色が白く、ゆたかな黒かみは、つやつやとひかり、しおの香をふくんでいた。まるで、北の海にすむという人魚かとおもうほどであったと。ふたりは、すっかりしたしくなって、人目をしのんでかたりあうようになった。けれどもまもなく、用がすんだ若者は、むすめをのこして雁子浜へかえっていった。

 佐渡のむすめの若者をしたう心は、それはもうはげしかった。ある夜、むすめは、若者にあいたいいっしんに、とうとう、たらい舟にのって、あら海にこぎだした。雁子浜の明神さまのあかりを目あてになあ。

 若者も、佐渡のむすめが夜の夜中に、たらい舟にのって、いのちがけであいにきてくれたことを、どんなによろこんだことか。

 けれど、夜はみじかい。ふたりのかたりあえるのは、ほんのわずかだった。一ばんどりがなくころには、むすめは、なごりをおしみながら、佐渡ヶ島にもどらねばならなかった。

 こうして佐渡のむすめは、まい晩、たらい舟であら海をのりきって、雁子浜にやってくるようになったと。若者は、風のつよい日は、むすめが目あてにしている明神さまのあかりがきえないように、まもりつづけていたそうな。

 ところで、若者には、母親のきめた、いいなずけのむすめがおった。

 ある日の夕方、そのいいなずけが、両親といっしょに若者の家にたずねてきた。そして、その晩はとまっていくことになったと。

 若者は、気が気でない。佐渡のむすめとあうやくそくの時刻になると、そっと家をぬけだして、海辺へはしろうとした。すると、母親がおってきて、「おまえ、今夜も浜へいくのかえ。」と、とがめた。

 若者は、へんじにこまった。佐渡のむすめのことは、だれにもないしょにしておった。ところが、
 「おっかあは、ちゃんと知ってるよ。おまえに、なかのいいむすめのいることをさ。わかいもんどうしのことだから、いままでだまって見ておったが、今夜だけは、いかんでくれ、な。」と、ひきとめた。

 「おまえと夫婦になる日をまちこがれている、いいなずけのことを、ふびんとはおもわないのかね。さあ、家にはいっておくれ。このとおりだよ。」母は、そういって、手をあわせる。

 さすがに若者も、母のたのみをけって、浜辺へいくことはできなかった。(今夜ひと晩くらいいかなくても、あしたになれば、またあえるのだ。佐渡のむすめも、おらがいなければ、かえってゆくだろ。)と、若者は、しかたなく家にもどったと。

 夜がふけて、風がでてきた。その風が、だんだんつよくなってくる。若者は、明神さまのあかりが気がかりになった。(けども、いままでだって、あかりがみんなきえてしまったためしはないし。)と、若者は、むりやりじぶんの心にいいきかせておった。

 やがて、夜があけた。若者は、もうじっとしていられず、むちゅうで浜辺へはしった。

 朝の海は、ゆうべの風もおさまって、波もない。日の光にかがやいている。
海辺には、早おきの村人が五、六人、波うちぎわにあつまっていた。

 「かわいそうになあ。こんなわかい、きりょうよしのむすめがのう。」

 「まるで、人魚みたいらて。」

 「ゆうべは、明神さまのあかりが、すっかりきえてしまったからのう。」

 「なしてまた、夜の海になど、でたもんかのう。」

 若者が、村人たちのそばへいってみると、波うちぎわによこたわっているのは、あの佐渡のむすめの、かわりはてたすがたであった。つやつやとゆたかであった黒かみも、いまはみだれて、白い、ろうのような顔にふりかかっていた。

 若者は、たましいがぬけたようになって家へもどったが、その夜おそく、海へ身をなげてしまったと。

 村人たちは、ふたりを明神さまのちかくに手あつくほうむり、塚をたてた。

 だれが名をつけたのか、その塚は、いつとはなしに<人魚塚>とよばれるようになった。

 とおく佐渡ヶ島の見える雁子浜の丘に、人魚塚は、いまもひっそりと立っている


人魚塚演劇ビデオテープ


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