| 年度 | 特記事項 | |
| 1908 | (M40) | ボーイスカウト運動イギリスに創設 |
| 1922 | (T11) | 少年団日本連盟設立 |
| 1923 | (T12) | 礎少年団設立(ボーイスカウト新潟第5団の前身) |
| 1952 | (S27.01.15) | 日本ボーイスカウト新潟第5隊創設(少年隊のちのボーイスカウト隊) |
| 1955 | (S30.10.01) | 新潟大火(5隊隊員12名罹災) |
| 1956 | (S31) | 年長隊(シニアースカウト隊)発隊 |
| 1958 | (S33) | ドラム・シンバルによる鼓隊発隊 |
| 1960 | (S35) | 団制度となり日本ボーイスカウト新潟第5団と改称 |
| 1961 | (S36.08) | 鼓隊に金管楽器を加え、パレードバンド創立 |
| 1961 | (S36.11.12) | 団創立10周年記念式典 |
| 1964 | (S39.06.16) | 新潟地震 |
| (5団隊員家屋倒壊12名、半壊浸水50名、一部倒壊58名) | ||
| 1966 | (S41) | 第4回日本ジャンボリーでファンファーレ担当 |
| 1969 | (S44) | ローバースカウト隊発隊 |
| 1970 | (S45) | 第5回日本ジャンボリーでファンファーレ担当 |
| 1971 | (S46) | 第13回世界ジャンボリー(静岡県)でファンファーレ担当 |
| 1972 | (S47) | パレードバンド解散 |
| 1973 | (S48.05.05) | 団創立20周年事業、記念誌発刊 |
| 1975 | (S50.10.09) | カブスカウト隊発隊 |
| 1982 | (S57.07.03) | 野営場借地契約成立・・・創立30周年事業として5団専用キャンプ場「みつきさわ野営場」建設着手 |
| 1983 | (S58.10.09) | 野営場開場式、30周年式典、記念誌発刊 |
| 1987 | (S62.11.03) | 旧新潟県庁の樹を拝領し、管理棟「ワーデンスロッジ」落成 |
| 1991 | (H03.10.06) | ビーバースカウト隊発隊 |
| 1992 | (H04) | 団創立40周年事業、記念誌発刊 |
| 1997 | (H09) | 団創立45周年 |
| イギリス | 31名 | フィリピン | 3名 |
| アメリカ | 12名 | ドイツ | 1名 |
| オーストラリア | 6名 | ギリシャ | 1名 |
| 韓国 | 4名 | 計 | 58名 |

爾来40数年、多くの人々の愛情に守られ、新潟5団に集う800名を越える少年達と家族と、そして指導者の鋭々たる努力によって、45周年を迎える新潟第5団がある。
戦後、新潟県スカウト運動のメッカであった礎校区関係者が、スカウト活動再建の運動を開始したのは昭和23年である。若し、そのまま順調に登録手続きが進めば少なくとも、団号は1団から4団のいずれかの団号を付与されていたに違いない。
しかし、当時の指導者に協力要請がもたらされたのは昭和26年の秋である。しかもその協力要請は、新潟市や礎校区の役員からでも無く、まして当時の県連盟からでも無い。それは、3年間スカウト隊設立の準備を続けていた「礎準備隊」の少年達によってである。
こうして新潟第5団は、校区と、学校と、そして当時の指導者あげての協力のもとに準備隊員12名・新隊員27名で昭和27年1月15日旧礎小学校木造校舎2階で発隊したのである。
(S.K)





