大正12年創始された礎少年団は、戦争の試練を越えて
1952年(S27)1月15日、日本ボーイスカウト新潟第5隊として再びよみがえった。
初代団委員長、重野幸氏によって贈られた”スカウトの鐘”に刻まれた文字を銘記しよう。


「この団は少年たちの願いによって創られた団である」


日本ボーイスカウト新潟第5団 プロフィール紹介


ボーイスカウト新潟第5団は、大正12年の創立以来67年の伝統を持つ歴史ある団です。

年度 特記事項
1908 (M40) ボーイスカウト運動イギリスに創設
1922 (T11) 少年団日本連盟設立
1923 (T12) 礎少年団設立(ボーイスカウト新潟第5団の前身)
1952 (S27.01.15) 日本ボーイスカウト新潟第5隊創設(少年隊のちのボーイスカウト隊)
1955 (S30.10.01) 新潟大火(5隊隊員12名罹災)
1956 (S31) 年長隊(シニアースカウト隊)発隊
1958 (S33) ドラム・シンバルによる鼓隊発隊
1960 (S35) 団制度となり日本ボーイスカウト新潟第5団と改称
1961 (S36.08) 鼓隊に金管楽器を加え、パレードバンド創立
1961 (S36.11.12) 団創立10周年記念式典
1964 (S39.06.16) 新潟地震
(5団隊員家屋倒壊12名、半壊浸水50名、一部倒壊58名)
1966 (S41) 第4回日本ジャンボリーでファンファーレ担当
1969 (S44) ローバースカウト隊発隊
1970 (S45) 第5回日本ジャンボリーでファンファーレ担当
1971 (S46) 第13回世界ジャンボリー(静岡県)でファンファーレ担当
1972 (S47) パレードバンド解散
1973 (S48.05.05) 団創立20周年事業、記念誌発刊
1975 (S50.10.09) カブスカウト隊発隊
1982 (S57.07.03) 野営場借地契約成立・・・創立30周年事業として5団専用キャンプ場「みつきさわ野営場」建設着手
1983 (S58.10.09) 野営場開場式、30周年式典、記念誌発刊
1987 (S62.11.03) 旧新潟県庁の樹を拝領し、管理棟「ワーデンスロッジ」落成
1991 (H03.10.06) ビーバースカウト隊発隊
1992 (H04) 団創立40周年事業、記念誌発刊
1997 (H09) 団創立45周年


海外派遣実績(1959年〜現在)


イギリス 31名 フィリピン 3名
アメリカ 12名 ドイツ 1名
オーストラリア 6名 ギリシャ 1名
韓国 4名 58名

尚、上記の中で世界ジャンボリー参加者は                    
第10回(1959)フィリピン3名、第11回(1963)ギリシャ1名、第12回(1967)アメリカ1名
第16回(1987)オーストラリア(3名)、第17回(1991)韓国4名である。       

第13回世界ジャンボリーは静岡県朝霧高原で開催され              
新潟第5団は大会のファンファーレ隊員を含み40名の参加であった。       

第1回日本ジャンボリー(1956)より第12回日本ジャンボリー(1998)までと     
第1回日本ベンチャー(1984) より第4回日本ベンチャー(1996) まですべての   
ジャンボリー・ベンチャーに参加している。                   


希望に燃えて


ボーイスカウト新潟第5団が、地域と、全ての関係者の期待を担って孤々の声をあげたのは、昭和27年1月15日である。

爾来40数年、多くの人々の愛情に守られ、新潟5団に集う800名を越える少年達と家族と、そして指導者の鋭々たる努力によって、45周年を迎える新潟第5団がある。

戦後、新潟県スカウト運動のメッカであった礎校区関係者が、スカウト活動再建の運動を開始したのは昭和23年である。若し、そのまま順調に登録手続きが進めば少なくとも、団号は1団から4団のいずれかの団号を付与されていたに違いない。

しかし、当時の指導者に協力要請がもたらされたのは昭和26年の秋である。しかもその協力要請は、新潟市や礎校区の役員からでも無く、まして当時の県連盟からでも無い。それは、3年間スカウト隊設立の準備を続けていた「礎準備隊」の少年達によってである。

こうして新潟第5団は、校区と、学校と、そして当時の指導者あげての協力のもとに準備隊員12名・新隊員27名で昭和27年1月15日旧礎小学校木造校舎2階で発隊したのである。

(S.K)


試練を越えて


昭和39年6月16日 礎校区を襲った新潟地震は、昭和30年10月の新潟大火に次ぐ大きな試練であった。

新潟地震実態

☆地震発生日時   昭和39年6月16日 13時01分40秒
☆震    央   新潟沖約60km (粟島南10km)     
☆震源の深さ    約40km                
☆震源規模     マグニチュード7.7(1900年代世界第10位)


新潟第5団新時代始まる


カブスカウト隊発隊

昭和50年10月

 
 
 
 
 
 

創立30周年記念みつきさわ記念野営場建設


昭和58年4月2日
喜びのスカウトキャビン上棟式
 
 
 
 
 
 
 
 

ビーバースカウト隊発隊


平成3年10月6日

 
 
 
 
 

創立40周年記念妙高高原キャンプ


平成4年8月14日
国立妙高少年自然の家キャンプ場
 
 
 
 
 
 
 
 

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